01/21/13 (Mon)
円安トレンドの持続性
円はこの1カ月間に対米ドルで約7%下落しました。きっかけは12月16日の衆議院選挙。この日を境にそれまでの下値をブレイクし、かなり速いペースで89~90円まで進みました。

一般の人にとってみれば、何で急に円安?日本って持続的な円高だったんじゃないの?だって、今までずっとそうだったから…という感想も聞こえてきそうなのですが、実は円がピークを打ったと思われるのはさかのぼること去年の9月。実に4カ月も前のことなのです。

思えば、円高は4年半も続いていました。相場にはサイクルがあるので、中期的にはトレンドが入れ替わるものです。なのに4年半。円はもうかなり前から下落したくてうずうずしていたと思われます。それが諸々の事情で機会に恵まれなかった。

そこに自民党への政権交代、いつになく真剣なデフレ脱却への意思表示と行動、長年にわたって仕事らしい仕事をしてこなかった日銀に対する過剰なまでの圧力(このくらいでちょうどいいと思いますが)、などなど、うっぷんを晴らしてくれるような材料が揃ったため、爆発したといえます。

というわけで、すでに「円安バブル」などと騒ぎ始めている人もいるようですが、まずは長期のチャートをご覧ください。これでバブルって言われたら、円はどこまで上がればいーんですか?と聞きたくなりますよね(笑)





とはいえ、今のところは期待インフレ率が上がった、もしくは上がりそうだという思わくが広がっただけで、あくまで期待先行なので(といってもマーケットは常に「先行」するものですが)、パッと動いてパッとしぼんでしまう…という可能性もあるわけです。そこで、今回の動きが中期的な円安トレンドにつながる本当の転換点なのかどうかをチェックしてみます。

円安・円高の変動要因はいくつもありますが、特に重要で影響力が大きいと思うものを下に挙げて、現時点での状況や見通しに基づいてチェックを入れました。(ここでは対米ドルを想定) これを見る限り、円安の材料は揃っていると思われます。





貿易収支は、ちょっとトリッキーです。というのも、輸出と輸入とでは、ドルのエクスポージャーが異なるからです。下のチャートは、決済通貨の比率の推移を輸出(左側)と輸入(右側)に分けて示したものです。(1999年が抜けているのは、外為法改正でこの年だけ資料が存在しないためです)





これを見ると、為替レートの変動にかかわらず決済通貨の比率は安定していること、輸出よりも輸入の方がドル建ての比率が高いこと、ユーロ建て比率は非常に低いこと、などがわかります。

輸出よりも輸入の方がドル建ての比率が高いということは、輸出と輸入が同額の場合、ネットではドルの支払いの方が多くなり、円安になると、少なくとも最初はネガティブな影響を受けることになります。では、実際の輸出入総額に照らすとどうなるでしょうか。下のチャートは、それを決済通貨別に示したものです。





これを見ると、ドル建ての赤字が円建ての黒字よりも大幅なことがわかります。つまり全体としてはドル建ての赤字なので、円安はマイナスに働くことになります。とはいえ、長期的には、円安は輸出品の価格競争力を高めて輸出量の増加を促すため、景気を支える要因になります。

では、円安によるプラスの影響がマイナスの影響を打ち消すまでに、どのくらいのタイムラグがあるのでしょうか。下のチャートを見ると、過去3回の円安では、貿易収支の悪化は約1年半続きました。1年半って結構長いですね。ちなみに直近の4年半にわたる円高では、貿易収支の悪化は、為替レートそのものよりも、リーマンショックやユーロ危機による海外需要の減少を反映しているように見えます。

*貿易については「日本の貿易構造」で情報を更新しました。





次に、今回の急激な円安が進むなか、先物市場で投機筋(Non-Commercial)と実需筋(Commercial)のドル・円ポジションがどのように動いていたかを見てみます。通常、投機筋は相場と反対の方向に、実需筋は相場と同じ方向にポジションを作ります。





これを見ると、投機筋が円売りポジションの一部を手仕舞ったとみられる時期にも、円安が進行したことがわかります。一方、実需筋が円売りポジションを増やし始めたのは83円近辺からでした。つまり、円が再び83円を割り込んでいく可能性はかなり小さいと言えます。

購買力平価(PPP)との比較も見てみます。これは、同じモノの価格が国によって変化した場合は、同じになるように為替レートが調整されるという理論に基づいた指数です。

例えば、1ドル=100円の時、日本のビッグマックが100円、アメリカのビッグマックが1ドルだとすると、PPPも100/1=100円になります。100円払えば、日本でもアメリカでもビッグマックが1個買えるわけです。ここでアメリカのビッグマックだけが2ドルに値上げされた場合、PPPは100/2=50円になります。これは、やはり100円でアメリカのビッグマックを買うには(言い換えるとアメリカとの物価上昇率の差を為替レートで埋めるには)円が1ドル=50円に上昇することを意味しています。

実際にはそんなこと起こらないだろーと思いがちですが、実は円は長期的にはPPPをたどっています。これは、もちろんビッグマックだけで為替はいちいち動かないものの、経済全体として長期的に見れば、海外の物価が相対的に高ければ輸入が減り、海外の物価が相対的に低ければ輸入が増える、という調整が起こるためでしょう。インフレ率が高い国の通貨が下落し、インフレ率が低い国の通貨が上昇するのは、こうした背景があるからです。





今は円安が先行していますが、日本のデフレが解消されて実際にモノの値段が上がってくれば、やがてPPPも円安方向に動き始めるでしょう。逆に、デフレ脱却が実現できなければ、円との乖離が広がり、円は再び上昇するでしょう。

最後に、いつものマネタリーベースのチャートをアップデートしました。(参考リンク:「マネタリーベースの日米比較 (2)」、「マネタリーベースの日米比較」)





ちょっとわかりづらいですね。では、起点を2012年1月に変更してみましょう。この期間は、アメリカがほぼ横ばいだったのに対して、日本は5月からプラスに転じて11%増加していました。円がピークを打ったと思われるのは9月なので、マネタリーベースの増加は今回の円安に先行していたことになります。





ざっと見てきた結果、今回の円安は、いくつもの主要な変動要因にきちんと裏付けられていることがわかりました。このまま日本が本気でデフレ脱却に取り組めば、円はこれから2~3年間は中期的な円安トレンドを形成する可能性が高そうです。

簡単なチャート分析をしてみたところ(月次データを使ったのでそれほど厳密ではありませんが)、円はここからの戻り局面でも82~83円辺りで上値が重く、それを超えずに再び円安に転じれば次のターゲットは92~94円、その水準をブレイクすれば2014-15年に104~105円、2015-16年には125円近辺まで行きそうかなーという感じでした。