08/01/11 (Mon)
低線量被曝についての考察
原発事故以来、日本のマスコミやネットを通して「100mSv以下(もしくは未満)の健康被害は科学的に証明されていない」というコメントをひんぱんに目にするようになりました。よく調べてみると、これは単に証明できるほどのデータがない(あるいはあっても政治的・経済的理由で捏造・隠蔽されてきた)だけだということがわかるのですが、あたかも「被害が証明されていない=安全」といった印象を(意図的に?)振りまいてきた人も多々いるようです。(最近はずいぶん減ったような気がしますが)

では、100mSvを「しきい値」(=それ以下であれば安全という“境目”)とした場合、どのような発言や見解があるのでしょうか。私がこれまで見てきたなかでは、「100mSv未満で発がんの確率上昇を示す明白な証拠はない」というほぼ共通した認識のもと、大きく4つに分かれていました。

1. これ以下なら安全と言える量はない。(ICRP、WHO、UNSCEAR、NAS、EPA、ECRRなど、多くの主要機関の公的見解)
2. 極低線量でリスクがいったん極大値を示す。(ECRR)
3. 100mSv以下なら安全。(山下俊一、長瀧重信、高村昇ら長崎大医学部関係者、中村仁信など)
4. 低レベル放射線はむしろ健康に良い。(中村仁信、ホルミシス効果の支持者など)

日本では(特に原発事故直後には)、3の「安全」を連呼する人ばかりがクローズアップされてきたように感じられますが、国際機関の公的見解はどこもほとんど例外なく「安全な量はない(=100mSv未満でもリスクがあると考えるのが合理的)」となっています。

この「安全と言える量はない」という考え方は、「しきい値なし直線モデル(Linear No-Threshold: LNT)」に基づいています。下に、LNTモデルをグラフ化してみました。





一般的なしきい値とされる100mSv以上では、被曝線量とがん発生率が直線的な関係にあることがわかっています(1Svで5%、100mSvで0.5%の発生率)。LNTモデルでは、しきい値未満についても、100mSv以上のデータを外挿して得た数値(グラフの点線部分)を適用するのが合理的としています。

(ここでy軸を「がん発生率」ではなく「健康被害の発生率」としたのは、被曝の影響ががんにとどまらず、心臓疾患や脳障害、胎内死亡などにも及んだとする"Chernobyl - Consequences of the Catastrophe for People and the Environment"の研究結果を重視したためです)

そこで、かなり限定的ではあるものの、「しきい値なし」を支持する低線量被曝の調査結果をいくつか挙げてみます。


1. 原爆被爆者における固形がんリスク

広島・長崎のLife Span Studyに基づく結果です。単位はGyですが、原爆放射線の大半がγ線(Svに換算する際の荷重係数は1)なので、Gy≒Svと考えていいと思います。これによれば、5mSv~100mSv(下の表の一番上の行)の被曝のがん発生リスクへの寄与率は1.8%となっています。仮にこれを日本の人口の1億2800万人に当てはめると、もともとのがん発生率を約50%(参考リンク)として、ざっと115万2000人が被曝だけでがんを発生する計算になります。

えー、なんで当てはめるの?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、日本では現在、文部科学省が外部被曝だけで年間20mSv、厚生労働省が内部被曝だけで年間17mSvを許容する暫定基準値を設けているため、「基準値以下だから安全」などと思考停止状態で生活していると、それだけで年間最大37mSvとなり、5mSv~100mSvのレンジにすっぽりと収まってしまう可能性は十分あるからです。

その下のグラフについては、「線量反応関係は線形のようであり、明らかなしきい線量は観察されていない」と解説されています。



*放射線影響研究所より転載


ちなみに、この放射線影響研究所というのは、広島市への原爆投下直後に、その影響の実態調査を行う目的でアメリカが設置したABCC(原爆傷害調査委員会)を再編してできた組織だそうです。ABCCは、残留放射線の人体への影響を「否定する」調査を行うようアメリカから圧力を受けていたことがわかっているので(参考リンク:「ABCCに否定調査促す 米原子力委、研究書簡で判明」)、調査結果は過小評価されているかもしれません。さらに、上で触れた「安全」を連呼している長崎大学医学部関係者らがこの組織の流れをくんでいるということも、興味深い事実です。


2. 北スウェーデン地域でのガン発生率増加はチェルノブイリ事故が原因か?

今回の原発事故を機に、一部の間では有名になったマーチン・トンデル博士の報告です。調査対象となった北スウェーデンの住民の実効線量は、最初の1年間で1~2mSv、最大約4mSvでした。この分析では、2万2409件のがんのうち、849件がチェルノブイリからの放射能汚染によるものとしています。これは、がん全体の3.8%に相当します。

これをまた日本の場合に当てはめると、50%×3.8%=1.9%で、243万2000人となります。先ほどの115万2000人の約2倍ですね。ちなみにこの先生の調査にはアメリカの圧力はなかったと思われます(笑)

ただ、自然被曝量にも近い水準でこれだけの寄与率というのは、逆に少し高すぎる印象もあります。とはいえ、オックスフォード大学の研究によれば、医療制度が整っている世界15カ国のうち、診断用X線を最も多く利用しているのが日本で、それによるがん全体への寄与率は3.2%とされています(参考リンク)。低線量の被曝でも3%台の影響を示す研究結果は珍しくないのかもしれません。(そう考えると、「X線何回分と同じだから安全」のような主張は適当ではないことになります)


3. 低レベル被ばく影響に関する最近の報告より

京都大学原子炉実験所助教、今中哲二先生がまとめたレポートです。「しきい値なし」を支持する数々の調査結果が紹介されています。(ただし、例えばこの19ページにある文部科学省委託調査は、私もたまたま最新版を読んでいましたが、被曝以外のがん要因を調整しておらず、被曝量とがん発生率との間に因果関係を認めることが可能な分析ではなかったように思います)

7ページの円チャートには「アメリカ人のがんの原因の2.0%が放射線・紫外線」とありますが、これは1の結果の1.8%に近い水準です。


4. 線量限度の被ばくで発がん 国際調査で結論

米国科学アカデミーが、入手可能な生物学的、生物物理学的データを徹底的に見直した結果、LNTモデルを支持する結論が得られたとのニュースです。(参考リンク:"Low Levels of Ionizing Radiation May Cause Harm")

線量限度の被ばくで発がん 国際調査で結論

 【ワシントン30日共同】放射線被ばくは低線量でも発がんリスクがあり、職業上の被ばく線量限度である5年間で100ミリシーベルトの被ばくでも約1%の人が放射線に起因するがんになるとの報告書を、米科学アカデミーが世界の最新データを基に30日までにまとめた。報告書は「被ばくには、これ以下なら安全」と言える量はないと指摘。国際がん研究機関などが日本を含む15カ国の原発作業員を対象にした調査でも、線量限度以内の低線量被ばくで、がん死の危険が高まることが判明した。

低線量被ばくの人体への影響をめぐっては「一定量までなら害はない」との主張や「ごく低線量の被ばくは免疫を強め、健康のためになる」との説もあった。報告書はこれらの説を否定、低線量でも発がんリスクはあると結論づけた。2005/06/30 12:03 【共同通信】


というわけで、データ自体が非常に限られているうえ、疫学調査の難しさ、さらには政治的背景など、さまざまな問題点があるとはいえ、低線量被曝が健康被害を引き起こす可能性は否定できません。(直感的には、がん発生率に1~2%程度は寄与するように思われます)

また、仮に影響を1~2%程度だとすると、今回は対象となる集団が大きいため、絶対数ではかなりの数字になります。例えば、福島県の人口の200万人に対して、全員が放射能に無頓着なまま過ごしたと仮定して上の1の結果を当てはめると、被曝のみで1万8000人ががんになる計算になります。また、福島県の20歳未満の子どもを全体の20%として同様の計算をすると、3600人になります。東京にいたっては、人口が福島の約6.5倍なので、それぞれ11万7000人、2万3400人に匹敵します。

もちろん、上の結果をそのまま当てはめることは適当ではありません。でも、政府や官僚が無責任にその場しのぎの「暫定基準値」を設け、原発自体も修復しておらず、あちこちにホットスポットがあり、汚染された食品やがれきが全国にばらまかれ、今後は状況がさらに悪化する可能性が高いなか、何の注意も払わずに生活していれば、「それなりの結果」が出てくることは十分考えられます。いずれにしても、これだけ多くの人が低線量被曝に長期間さらされるというのは「世界初の大実験」ですから、すべてが未知数です。

さらに、しきい値は「生涯の蓄積量」であって、「年間当たり」ではありません。なので、何も考えず無駄な被曝を蓄積してしまうと、避けられない被爆を許容する「余地」がなくなってしまいます。そしてそれは「イリバーシブル」です。(この先何十年もある子どもたちが、外部被曝だけで早速年間20mSvまで許容してしまうことの怖さを思うと、小佐古敏荘氏が泣きながら辞めたこともうなずけます:参考リンク

低線量被曝にはさまざまな議論があり、未だに答えは出ていませんが、日本人の国を挙げての(?)人体実験が将来の医学に(あるいは各国の原発や核政策に)大きく貢献することは間違いないでしょう。そんな状況のなか、せめて被曝を最小限に抑える努力をするか、よくわからないからいっそ気にしないのか、選択は自分次第、ということで。